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株式会社ワルツ代表「井上ちから」の半生を振り返る!/熊本の広告代理店~独立決意編
広告豆知識
目次
前回までのふり返り
前回までの記事では、ワルツ代表「井上ちから」について、生い立ちから大学卒業、オハヨー乳業時代、コーチング~熊本移住までをふり返りました。
前回まで記事は、以下のリンクからご覧いただけます。
>>株式会社ワルツ代表「井上ちから」の半生を振り返る!/生い立ち~大学編 | 株式会社ワルツ
>>株式会社ワルツ代表「井上ちから」の半生を振り返る!/オハヨー乳業編
>>株式会社ワルツ代表「井上ちから」の半生を振り返る!/コーチング~熊本移住編
4回目となる今回の記事では、「井上ちから」が熊本の広告代理店へ転職してから、独立を決意するまでを掘り下げてご紹介していきます。
「熊本の広告代理店」へ就職した経緯
前回の記事でもお伝えした通り、熊本へ移住した井上ちからは、アルバイト生活や職業訓練校を経て、ついに「熊本の広告代理店」へ就職することになりました。
ここでは、井上が「熊本の広告代理店」へ就職した経緯をふり返っていきます。
改めて自分がやりたいことを考えた
職業訓練校へ通いはじめた2月頃、リビングでぼーっと今後のことを考えていました。
「改めて自分はなにをしたいのか?」について思いを巡らせていたところ、
「人の想いを広める仕事がしたい」
という気持ちが、明確にあることに気が付きました
「人の想いを広める仕事」=広告だった
「人の想いを広める仕事」について更に考えたところ、「それって広告じゃん!」という考えに至りました。
実は、熊本に来てからたくさんの人にお会いしたなかに、熊本の広告代理店の社長の方も含まれていました。そして、「人の想いを広める仕事」が広告だったことに気付いてから、その人の顔が頭に浮かぶようになっていました。
採用基準は「広告を愛すること」だった
熊本へ移住して間もない頃に、熊本の広告代理店の社長とお会いして言われた採用基準が、「広告を愛すること」でした。
「人の想いを広める仕事」をしたい気持ちは明確だったため、すぐにでも会いにいきたかった井上でしたが、もう一度その採用基準について考えてみることにしました。
正直に言ってしまうと、これまで井上は広告に対してあまり良い印象をもっていませんでした。広告はどちらかというと「いらないモノを買わせる」ためのものだと思っていたためです。
しかし、「人の想いを広める仕事をしたい」と思うようになってから、広告の本質はサービスそのものを広めたり、経営者・事業者の想いを広めることなんだということに考えが変わりました。
広告代理店の社長にメールで想いをすべてぶつけた
その後、一週間しっかりと考えて、広告業界に入りたいことを再確認し、知り合った広告代理店の社長にメールで今の井上の想いをすべてぶつけました。
その結果、面接を経て内定をいただくことができ、未経験の広告代理店で働いていけることになりました。
経験ゼロで広告代理店の営業を開始!
ここからは、経験ゼロで広告代理店に転職した井上が、どのように頑張ったかについてご紹介していきます。
新入社員に戻ったつもりで謙虚に頑張った
未経験で広告代理店に転職した井上ちからは、最初は新入社員に戻ったつもりで、ゼロベースで覚えていく努力をしました。飛び込み営業なども積極的に行い、断られても謙虚に次へ次へという気持ちでやっていました。
20~30人くらいの会社を知ることができた
また、前職のオハヨー乳業との違いは、会社の規模でした。20~30人くらいの中小企業で働いたことがなかったので、いろいろな意味で新鮮でした。
たとえば、新しく入ってきた社員に対しての教育制度もなかったので、一から自分で広告について勉強もしました。
余談ですが、このとき中小企業の実情を知れたことで、現在ワルツで相手(中小企業)の立場にたって、課題解決のご提案をできていると思っています。
「広告費用の高さ」にギャップを感じた
広告代理店に実際に入ってみて感じたギャップは、「広告費用の高さ」でした。
中小企業の想いを広めるお手伝いがしたかった井上としては、「こんなに高い広告では中小企業にはハードルが高い」と感じたそうです。
かなり早い段階で、井上は自分がお手伝いしたいターゲットと手段(広告)とのギャップに気が付きました。
そして「ホームページ」に辿り着いた
そのギャップを埋めるために井上がたどり着いたのが「ホームページ」でした。
「ホームページ」は、初期費用こそかかってしまうものの、企業の資産として残すことができます。
「ホームページなら、自分が思い描いていた中小企業の想いを広めるお手伝いができる!」
そう確信した井上は、お客様に対してホームページを積極的に提案していくことにしました。
「広告」も「ホームページ」もできる営業マンになった
ここからは、自分がやりたかったことの手段が「ホームページ」であることにたどり着いた井上の、その後の熊本の広告代理店での活躍について見ていきましょう。
社内で「ホームページといえば井上さん」という認識になった
お客様に対してホームページを積極的に提案するようになってから、社内では「ホームページといえば井上さん」という認識になっていました。
たとえば、他の営業の人にホームページの相談が入ると、井上も一緒に連れて行ってもらえるようになりました。
熊本空港のコンペも勝ち取ることができた
そんな良い循環が生まれた頃、ひとつの大きな出来事がありました。
それは、6社で競い合った熊本空港(現:阿蘇くまもと空港)のホームページ制作のコンペを勝ち取れたことです。
この経験は、井上自身にとっても大きな成功体験になりましたし、自信にもつながりました。
ホームページを通じて貴重な出会いも多くあった
また、お客様にホームページをご提案するようになったことで、ホームページ制作を依頼するデザイナーさんライターさん等と多くお知り合いになることができました。
このことは、現在のワルツにおいても、非常に大切な財産になっています。
そして独立を考えはじめた
こうして井上は、広告代理店とWeb制作会社の両方の特性を理解できるようになり、「広告」も「ホームページ」もできる営業マンとして活躍を続けていました。
そんな井上でしたが、所属していた広告代理店でやれることはほぼやり尽くせた思いも同時に抱くようになってきていました。
そんなとき、「中小企業の想いを広げたい」という初心に立ち返り、“独立”という選択肢が浮かび始めました。
井上ちからが「独立」しようと思った理由
ここからは、井上ちからが熊本の広告代理店を辞めて「独立」をしようとした理由について掘り下げていきます。
クライアントと同じ立場に立って提案したかった
そもそも広告は、出稿後の効果を正確に予測することは極めて難しく、投機的な性質を持ち合わせた商品です。
そんな広告をご提案するとき、提案をする自分はお給料をもらう会社員で、提案をされたクライアント(経営者)は事業の成否によっては最悪の場合倒産もありうる立場です。
「当たり前」と言われればそれまでなのですが、井上のポリシーとして「広告を提案する身として自分も会社員ではなく、クライアントと同じリスクを背負った立場に身を置かないといけない」という強い想いがありました。
在籍していた広告代理店とは関係を残しつつ独立
そういった井上の想い・ポリシーを、所属していた熊本の広告代理店の社長にぶつけてみたのですが、残念ながらすべて理解してもらうことはできませんでした。
しかし、業務委託という形で関係性を保ちつつ退社をし、新しく自分の会社を立ち上げることになりました。
次回は「ワルツ独立~今後の展望」編!
この記事では、「井上ちから」の熊本の広告代理店への転職から、独立を決意するまでの物語を、掘り下げてご紹介してきました。
「中小企業の想いを広げるお手伝いがしたい」という気持ちから熊本の広告代理店へ転職し、未経験ながら「ホームページ」という最適な手段と出会い、自分の顧客を開拓することができました。また、広告とホームページ両方のご提案ができる営業になってからは、「クライアントと同じ立場に立って提案がしたい」という想いから、独立することを決意しました。
次回の記事では、株式会社ワルツを立ち上げる際の様子や、会社経営で学んだこと、今後の展望などについて掘り下げてご紹介していく予定です。次回の記事も、どうぞお楽しみに!
「株式会社ワルツ」では、お客様に合わせて広告と広報をバランスよく活用して、「想いを広げる」サポートをさせて頂きます。「自社の想いを広めたい」と思っている企業様は、ぜひワルツまでお気軽にご相談ください。
2023.08.14